【努力の意識】たくさん勉強することが目的になっていませんか

【努力の意識】たくさん勉強することが目的になっていませんか

ソフトボールの上野由岐子さんと、福大大濠高校バスケ部の片峯聡太ヘッドコーチの対談動画を見ました。

競技の話です。

でも聞きながら、これは勉強にも通じるなと思いました。

なのでその話を書いてみます。

一番引っかかったのは、努力かどうかは自分が決めるものじゃない、という話でした。

それは他人が評価すること。

なぜかというと、自分の中には達成したい目標があって、そこに向かってやるべきことをやっているだけだから。

上野さんはそう話していました。

これ、勉強もそうだよなと思うんですよね。

特に今、夏休みです。

受験生は毎日たくさん勉強していると思います。

でもその勉強、長い時間やること、たくさんやることが目的になっていないでしょうか。

今日は何時間できた。

ワークを何ページ進めた。

その数字のほうを追いかけていないかどうか。

それとも、志望校がある。

行きたい学校がある。

目標にしている偏差値がある。

そこに到達するために、合格するために、今必要な勉強をしている。

同じ量の勉強でも、この二つはずいぶん違う気がします。

それから、この時期は学校が止まっています。

毎日会うのは同じ塾に通っている子たちでしょう。

クラスの子とは、あまり会えないかもしれません。

だから自分がどれだけやれているのかが見えにくい。

逆に、周りがどれだけやっているのかも見えにくい。

本当に結果が出るんだろうか。

そう思う瞬間もあると思います。

でも、それはそれでいいのかなとも思うんです。

自分の目標があって、それを達成するために必要なことを淡々とやっている。

そうであれば、周りが見えないことは大した問題ではない気がします。

見えないから不安になるのは、比べる相手のほうを基準にしているときかもしれません。

気をつけたいのは、やらされている状態のほうです。

努力しようとして、努力することが目的になってしまう。

勉強することそのものが目的になってしまう。

夏休みだから毎日6時間やろう、8時間やろう。

そのたくさん勉強しようという部分が目的になってしまうと、やっぱり続かないと思います。

上野さんも同じことを言っていました。

努力することが目的になると続かない。

やっぱり好きでやるもの。

こうなりたい、この方向に行きたい、この学校に行きたい。

そういう目標のために動く形になっていること。

目的と手段、とよく言います。

わかりやすく言うと、たどり着きたい場所と、そこへ行くための道のことです。

勉強は手段のはずなんですよね。

でも夏休みは、その手段のほうが目的になりやすい。

時間を積み上げること自体が目標になってしまう。

中3生が気をつけたいところだなと思います。

今日6時間やった。

昨日より多い。

そこだけを見るようになったら、一度立ち止まってみてほしいです。

何のためにやっているんだったか。

それを思い出せるうちは、たぶん大丈夫なんじゃないかなと。


サクセス未来塾
にっさい花みず木校
教室長 中村

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