面談のとき、よく出てくる言葉がある。
「うちの子、ケアレスミスが多くて。わかってるのに点が取れないんですよね」
この言葉を聞くたびに、うなずきながらも、少し立ち止まっている。
「わかってるのに」というところが、ちょっと引っかかるから。
本当に”わかってる”のか、”わかった気がしてる”だけなのか、そこが気になってしまう。
教室で子どもを見ていると、気になる場面がある。
丸付けして○がついた瞬間に、ぱっと次のページをめくろうとする子がいる。
合ってたら終わり、という感じで、解説は読まない。
問題文の条件を最後まで読まずに手が動き始める子もいる。
単位を確認しない。
「たぶんこれ」で次に進む。
こういうことが重なっているとき、本人にはあまりミスをしている感覚がない。
速く解けた、だいたいわかった、という感覚はある。
でも、細部に止まる習慣がない、という感じがする。
逆に、ミスが少なくなってきた子を見ていると、ある時期から変わってくる。
丸付けのあとに少し止まる。
解説を読む。
答えが合っていた問題でも「なんでこうなったんだろう」と手を動かしている。
「たまたま合ってた気がする」と気持ち悪がる。
そういう子は、「答えを出すこと」より「理解すること」に重心が移ってきているように見える。
何が先にあるのかは正直わからない。
でも、細部への向き合い方が変わってきているのは、はっきりわかる。
僕が中学生のころ、ベテランの社会の先生に言われたことがある。
「ケアレスミスはなかなか簡単にはなくならないよ」と。
当時はふーんくらいに聞いていたけど、今はその意味が少しわかる。
ケアレスミスというのは「うっかりした一瞬」じゃなくて、その子の勉強への向き合い方がじわじわ出てきたものだから。
そしてそれは、勉強だけの話じゃないこともある。
話を聞くときの姿勢とか、日常の細かいところへの意識が、そのまま勉強にも出てくることがある。
もちろん全員がそうじゃないし、あくまで観察の話だけど。
「見直しをしましょう」というアドバイスは間違っていない。
でも、それだけでは足りないことも多い。
見直しをしない子に「見直しして」と言っても、どこを見直すべきかわからなかったり、そもそもなぜ見直すのかが腑に落ちていなかったりする。
ケアレスミスは「うっかり」の一言では片付けられないことが、現場にいるとよくわかる。
お子さんのミスを見るとき、「なぜ間違えたか」だけでなく、「どういうときに止まらずに進んでしまうか」を少し眺めてみると、何か見えてくるものがあるかもしれない。
答えが合っていても止まれるか。
解説を読もうとするか。
そういうところをぼんやり見てもらえると、少しずつ変わってくるんじゃないかなと思う。
