子どもたちにもっと勉強してほしいと思うとき、そもそも「勉強した」の基準が、僕らと子どもたちで違うのかもしれないと思うことがあります。
例えば、受験生が1日に2〜3時間勉強したとします。
その子にとっては、それで十分に頑張ったという感覚なのかもしれません。
でも、僕の感覚だと、受験生なら5時間くらいはやりたいし、時間の使い方によっては平日でも6時間くらいできるんじゃないかと思ってしまうんですよね。
僕自身、中学生の頃は、朝の会が始まるまで勉強したり、学校の休み時間を使ったりしていました。
家に帰ってから塾へ行くまでの間にも勉強して、塾で3時間。
帰宅してから寝るまでに、もう1時間くらい勉強することもありました。
そういう経験があるので、どうしても「まだまだできるでしょう」という感覚になります。
他の講師の話を聞いていても、中学生の頃にかなり勉強した経験を持っている先生はいます。
もちろん講師によって違いますが、そういう経験があると、勉強時間に対する感覚も近くなるんだと思います。
ただ、その感覚のまま子どもたちに話していいのかと、ちょっと考えるんですよね。
本人はちゃんと勉強したと思っているところに、こちらが「それでは足りない」と言っても、すぐには伝わらない気がします。
昔の自分と今の子どもたちを比べたとき、やっぱり大きく違うと感じるのはスマホの存在です。
ちょっと空いた時間に、すぐ手に取れるものがある。
僕が勉強に使っていたような時間も、今は別のことで埋まりやすいのかもしれません。
自分が勉強していた頃とは、時間の使い方を考えるうえでの環境も違うんですよね。
それでも、志望校に受かりたいとか、定期テストの成績を上げたいという目標があるなら、今より勉強に充てる時間を増やす必要は出てきます。
本人が頑張ったと感じていることと、目標に向けて必要な勉強ができているかどうかは、分けて考えたいです。
その子の生活の中で、どこならもう少し勉強に使えるのか。
そこを具体的に考えていかないと、「もっと勉強しよう」という話だけで終わってしまいます。
僕自身の経験があるからこそ、使える時間に気づけることもあると思います。
ただ、「僕はこれだけやった」で話を終えてしまうと、その子が自分の生活を考えるところまでつながらないのかもしれません。
自分が目指しているところに近づくために、今の時間の使い方をどう変えるか。
「勉強した」の基準の差を、そういう話をしながら少しずつ埋めていく必要があるんだろうなと思います。
サクセス未来塾
にっさい花みず木校
教室長 中村
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